産婦人科医が教える!知っておきたい体と栄養の話

自分の可能性を最大限に!
今日からできる行動と栄養って?
前回は、母体がやせていることにより生まれてくる赤ちゃんに影響があることを、産婦人科医で福島県立医大特任教授の福岡秀興先生にお聞きしました。引き続き福岡先生に、若い今のあなたや、そしてこれから迎える妊活期、妊娠中、産後の過ごし方などについてお聞きしました。また赤ちゃんが小さく生まれときに、その後の育児で心がけたいことも話していただきました。
健康リスクがある体質は、3代引き継がれる
福岡先生:前回、やせた女性が妊娠した場合や妊娠中に必要十分な栄養をとらなかったりすると、赤ちゃんが小さく生まれがちで、その小さく生まれた赤ちゃんは、将来的に健康を害するリスクがある体質を持って生まれる可能性がある、とお話ししました。すなわち、小さく生まれた子どもが将来を含めて、過剰なエネルギーをとったり、運動不足・過剰なストレスなど現代社会特有の望ましくない環境で生活すると、高血圧などの生活習慣病が起こりやすくなることがわかってきました。これを「DOHaDドーハッド:Developmental Origins of Health and Disease」説といいます。残念ながら適切な日本語がありません。しかしこれは、新しい考え方で、世界で注目されています。
いま日本では、糖尿病・高血圧症等の生活習慣病が著しく増加していますが、小さく生まれる赤ちゃんが多いことが、その大きな原因の一つなのです。私たちがぜひ知っておかなくてはならない重要な考え方です。
困ったことに、これまでの研究によると、この体質は1代限りではなく、3代にわたって引き継がれてしまうことが判明してきました。それを避けるには、妊娠前、妊娠中のお母さんのしっかりした栄養が大切です。さらに、生まれた後の生活も大切です。そのためには、まずは妊娠前の若い女性はやせすぎていないように、自身も周囲も心がけなくてはなりません。
イギリスやニュージーランドでは現在DOHaDの考え方が広がっており、妊娠出産への管理の考え方が栄養を中心に大きく変わってきました。また、お母さん自身の出生体重が赤ちゃんの健康に大きく影響します。妊娠したお母さん自身が小さく生まれていないかなどをチェックしています。
お母さんが小さく生まれている場合は、やはり妊娠合併症の発症リスクが高い事もわかってきました。また妊娠したときにやせていたお母さんには、生まれてくる子どもの出生体重が小さくなる傾向があります。その場合には、特に栄養を中心にした密な妊娠指導が行われています。また逆にお母さんが、大きく生まれ過ぎていたり、妊娠した時に肥満である場合にも、同様に密な妊娠指導が行われています。さらにお母さんと赤ちゃんに与える影響を予想しながら、妊娠を管理しています。
一方日本では、妊娠中の体重増加を厳格に考えすぎるあまり、体重を毎日測る妊婦さんもいると聞きます。また、おなかが空いても我慢して食事を制限する方もいます。しかしこれはお母さんにとって、大きなストレスとなります。ストレスホルモンも過剰に分泌されます。これが赤ちゃんの小さく生まれる一因になる可能性もあります。そのため、イギリスでは特にリスクのないお母さんには「体重を測らないで良いですよ」とまで、指導しています。極端な体重増加はもちろん問題ですが、体重の厳格な制限をしても、妊娠合併症の発症にはほとんど影響しません。お母さんと赤ちゃんに何も良い影響を与えません。それは十分理解してください。
妊活期、妊娠中はしっかり栄養をとって、元気をキープ!
福岡先生:日本の女性たちも、DOHaDの視点に基づいた行動は、ぜひ今日からでも行っていきましょう。
まずは自分の出生体重を知りましょう。あまりにも小さく生まれていたり、大きく生まれ過ぎていた場合は、生活習慣病の発症リスクが高くなる可能性があります。その場合は以下に述べる様に健康診断を定期的に受けて、生活習慣に十分気をつけていけば、そのリスクはかなり軽減していきます。決して心配することはありません。
出生時の体重が小さかった場合(出生体重2500g未満の赤ちゃんを低出生体重児といいます)は、将来生活習慣病の発症リスクが高いといわれています。もちろん、2501gであれば問題がないということではなく、2600〜2700gだから生活習慣病リスクがまったくないということではありません。その場合は少しリスクが低くなる程度に考えてください。以前の日本の平均出生体重は3200gであったことを考えると、3000g以上の出生体重がよいのではないか、と考えています。
小さく生まれた場合には、これからお話しする栄養と生活習慣を心がけるようにしてください。出生時体重が少なくても、心配し過ぎることはありません。望ましくない生活を続けていると病気が発症しやすいのならば、この環境を望ましいものに整えることで、そのリスクを下げることは十分に可能なのは理解できると思います。
まず妊娠前、そして妊活期は、健康的な適正体重をキープすること。BMI値※1が一番わかりやすい指標で、理想的にはBMI値20〜23前後を目指しましょう。栄養をしっかりとり、適度な運動習慣と規則正しい生活をつづけていれば、日頃の生活の中で、自分が持つ能力を最大限に発揮できて元気に過ごせます。また、妊娠したときに胎児の発育には良い影響を与えます。
妊娠中は、体重増加にとらわれすぎないこと。厳格な体重制限を考えず、必要十分な栄養と適度な運動を引き続き心がけましょう。
調査によると、日本の妊婦さんの平均的なエネルギー摂取量は1700kcal前後であり、極端に少ない妊婦さんが多くいます※2。これではとても栄養が足りません。妊娠中は、妊娠していない時の必要摂取エネルギーよりも、妊娠初期で+50kcal、妊娠中期で+250kcal、妊娠後期+450kcal多くとることが推奨されています。
おなかが空いて仕方がないのに、体重増加が怖いから食べない、との話もよく聞きますが、これは赤ちゃんにとっては逆に怖いことです。栄養が不足するだけでなく、少ないエネルギーでも生きていける体に変化していきます。そのような体質に変化することは、赤ちゃんの将来の健康リスクにつながります。また、妊娠中の過度な精神的ストレスもよくありません。だからこそ、旦那さんは妊娠中の奥さんには優しくしてくださいね(笑)。
また、食事だけでは必要な栄養素が足りない時は、サプリメントの活用をすすめます。特に葉酸は食事だけでは十分な量がとりにくいので、厚生労働省も妊活期から葉酸のサプリメント摂取を推奨しています。
産後もママは元気に、赤ちゃんと積極的にスキンシップを!
福岡先生:産後は、可能ならば母乳育児を。母乳育児は赤ちゃんとの強いスキンシップの場です。母乳は赤ちゃんの体と心の栄養になり、母体の回復も促します。勿論母乳が出にくい場合も心配はありません。肌と肌のスキンシップを積極的に行ってください。スキンシップはとても大切です。さらに、太陽の光を浴びつつ、散歩などの適度な運動習慣を心がけるようにしましょう。
栄養に気をつけていても、赤ちゃんが小さく生まれることはあります。しかしママは自分を責める必要はなく、ぜひ産後の育児で巻き返しましょう。医学も随分と進んでいます。
小さく生まれた赤ちゃんは、特にスキンシップを大切にしましょう。赤ちゃんと肌が触れ合うと、ストレスに対する抵抗性が高まって、糖尿病などのリスクを減らすこともわかってきました。また、成長曲線チャートをつけて、それを参考にして、赤ちゃんが肥満にならないように、あまりやせすぎないように、などを観察していきましょう(成長曲線チャートは、日本人小児の体格の評価|日本小児内分泌学会より入手できます)。
産後はママの体調管理も大切。授乳期も普段より350kcal多いエネルギー摂取が推奨されています。産後すぐに急激なダイエットをすると、重労働ともいえる育児が十分にはできません。栄養をとらないで不足状態が続くと、ママの元気が失われてしまいます。赤ちゃんにとっては、ママがいつもニコニコして、抱っこしてくれてスキンシップをしてくれることが一番うれしく、それが赤ちゃんの将来の健康にもつながります。
産後は忙しく、バランスの良い食事をとることが難しいときもあると思います。そんなときは無理のない範囲で栄養を意識しながら、上手にサプリメントなどで栄養を補って、元気な毎日を過ごしてください。
※1 BMI値=体重(kg)÷(身長m×身長m)
※2 厚生労働省「妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針」
https://www.mhlw.go.jp/content/000776926.pdf
福岡秀興(ふくおかひでおき)
1973年、東京大学医学部医学科卒業。同大学医学部産婦人科学教室助手、香川医科大学講師、米国ワシントン大学医学部薬理学教室リサーチアソシエイト、ロックフェラー財団生殖生理学特別研究生、東京大学大学院医学系研究科(発達医科学)助教授、早稲田大学胎生期エピジェネティク制御研究所教授、早稲田大学総合研究機構研究院教授などを経て、現在、福島県立医科大学特任教授、千葉大学客員教授も務める。一般社団法人日本DOHaD学会理事長。
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